「楽石庵閑話」~【第71話】上北鉱山の銅二次富化帯
学生時代に同級生の石友S君と上北鉱山の坑内見学を申し込んだが断られ、露天掘り跡の硫酸銅回収設備ならOKとの事で結局見学を断念した。卒業後尾太鉱山に就職したS君は、幸い青森県内の鉱山交流会で本鉱山の見学を行い、その時の坑内採集標本と関連文献が遺品として楽石庵に残されている。
上北鉱山は戦時中「神風銅山」の異名をとり、産銅量日本一とされた異色の黒鉱質鉱山で、当時採掘された奥之沢層上部石英粗面岩質凝灰岩中の銅二次冨化作用を受けた赤銅鉱から成る部分が、偶々市場に出され購入することが出来たので一緒に紹介する。
上之沢鉱床と奥之沢鉱床とでは鉱床形成過程に違いがあり、上之沢鉱床は、流紋岩の海底火山盆地内でガス爆発に伴って行なわれ、鉱化期は1・2期に分けられ下盤側ほど黒鉱的要素が強いとされる。一方、奥之沢鉱床は下盤側から珪鉱(硫化鉱体)、黄鉱質硫化鉱、黒鉱(銅鉱体)の帯状分布を示す一続きの塊状鉱体とされる。
それでは石友S君が採集した両鉱床の特徴ある鉱石から紹介しよう。
(1)上之沢鉱床産銅二次鉱物
本標本は黄鉱タイプの黄鉄鉱鉱石に銅藍・孔雀石を生成している。
(2)上之沢鉱床産黄鉄鉱
上之沢層黒色泥岩(上盤)と石英粗面岩・凝灰角礫岩(下盤)に挟まれた層状及び塊状の黒鉱鉱床で、粘土化作用
を受けている。
本標本は硫化鉄鉱として採掘された黄鉄鉱からなる黄鉱部分で、白色粘土類を伴っている。
(3)上之沢鉱床新鉱体産閃亜鉛鉱
S君の資料には詳細は記録されていないが、文献によれば閃亜鉛鉱の富鉱部は上之沢新鉱体等から報告されており、亜鉛精鉱は三日市製錬所へ送られていた。
本標本は閃亜鉛鉱結晶もみられる富鉱部である。
(4)奥之沢鉱床産胆礬
中新世奥之沢層の石英粗面岩質凝灰岩の上部に胚胎する黒鉱で、上之沢・奥之沢等の鉱床があり、Geを普遍的に含むことで知られている。本鉱床上部には硫化鉱物の酸化により生成したと考えられる褐鉄鉱鉱床が発達し、その下部は二次(銅)冨化帯で輝銅鉱・銅藍標本(5)を記載→ 一次硫化鉱帯に移化する。
本標本には黄銅鉱の酸化により溶脱したと考えられる胆礬(青色)が四面銅鉱上に生成し、昭和24年7月から天水による消石灰中和法で処理されていた水酸化銅の産出状況を推測させる。
(5)奥之沢鉱床産
奥之沢層上部の石英粗面岩質凝灰岩中の比較的浅い扁平塊状黒鉱鉱床で、二次冨化銅鉱帯があり輝銅鉱と重晶石を主体にしたこのような鉱石を産した。
(6)奥之沢鉱床産赤銅鉱
江戸時代国内の銅山では、上部の露頭一帯の二次冨化銅鉱帯で採掘を行っていたと伝えられ、別子銅山では黄銅鉱等の硫化鉱は破棄され、明治以降に「二代掘り」と称して回収製錬し、このため亜硫酸ガスによる大規模な森林破壊といった環境被害を起している。
本標本は往時採掘された二次冨化銅鉱帯産の銅鉱石の面影を伝える、貴重なものであろう。なお自然銅以外に箔状の自然金と思われる部分(三枚目写真)があり注目される。
あとがき
下北半島の山深い場所に残された本鉱山跡は調査も中々大変だろうが、特殊な黒鉱鉱床として今後も注目されても良いと思われる。
【寄稿】坂本憲仁(BS45)




















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