趣味の話題 ~「楽石庵閑話」~【第63話】黄鉄鉱
国内硫化物鉱床で最も普遍的な硫化鉱物は、黄銅鉱・閃亜鉛鉱・方鉛鉱それに経済的価値はともかく黄鉄鉱であろう。特に黄鉄鉱は鉱床以外に色々な岩石例えば堆積岩中からも見つかり、豊富な結晶形態や産状から鉱物マニアの入門鉱物として親しまれている。また黒鉱鉱床では、鉱床堆積時の熱水コロイド溶液の凝固組織によく似た黄鉄鉱のコロフォーム組織が顕微鏡下で観察される。またキースラーガー鉱床からは、これと関連するとされるメルニコバイト黄鉄鉱が知られ、鉱床の起源に関する産状が存在する(詳細は関連文献を参照のこと)。
さて様々な黄鉄鉱の結晶形態については昔からよく研究され、例えば「黄鉄鉱の晶相変化とその探鉱への利用の可能性」(砂川一郎 1955)では、黄鉄鉱晶相変化の原因を調べ産状と晶相との相関関係からそれを探鉱上の指針として有効利用すると云う面白い研究である。即ち黄鉄鉱結晶の基本は、六面体立方晶(画面中央上)を出発点として、左下の五角十二面体と右下三角八面体へと変化し多様な結晶形態が生まれるとしている。
- 【出典】 地球科學(第21号)1955年
さてこれらの研究では、鉱床粘土中の微細な黄鉄鉱結晶を集め結晶粒度による各晶面の出現率の変化を調べると云う手法で、特に晶相変化の程度と変化の経路の特徴、それに影響する因子を考察している(詳細は文献参照)。この文献によれば黄鉄鉱結晶の成長出発点は、a面からなる六面体立方晶でその後様々な晶相に発達してゆくとされる。
今回は黄鉄鉱結晶形の基本である、サイコロ状(六面体立方晶)の六面体結晶を中心に紹介しよう。
- 微細黄鉄鉱結晶
小坂鉱山内の岱鉱床下部の珪鉱帯産の1㎜未満の細かい黄鉄鉱結晶集合部で、含まれる結晶形は殆どサイコロ状(立方体)である。
- 銅分は殆ど含まず、鉱石にはならない貧鉱部のためか標本としては案外残っていない。
- 結晶a面の条線も確認できる。
2.立方体黄鉄鉱結晶
各種鉱床からは黄鉄鉱の様々な結晶形態が得られ、立方体結晶のまま大型化した標本も得られている。
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深沢鉱山角掛沢坑:
S44年に発見された黒鉱鉱床で、
10㎝近い黄鉄鉱巨晶を産したことでも
知られる。
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尾去沢鉱山産:
北鹿を代表する浅熱水性鉱床で、数々の硫化物結晶を産し、これは黄鉄鉱大型結晶である。
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秩父鉱山大黒坑:
銅‐鉄型のスカルン鉱床で、下部の磁鉄鉱鉱体中の黄鉄鉱。
3.ヘンな黄鉄鉱
立方体の黄鉄鉱結晶が、どのようにして様々な結晶形に変化して成長するのか私には良く分からないが、K先生から次のような指摘があったので、内容をそのまま付記しておく。
単結晶が普通でない外形を示すには幾つかの原因があります。(1)稀な結晶面の発達 (2)結晶の異方な成長(3)隣接する結晶面へ階段状に発展する (4)結晶内部に結晶欠陥(例えば刃状転位)による結晶軸の連続的な傾斜、等々。これらのうち1)~3)は結晶軸自体には異常はありませんが、(4)は結晶軸が回転・傾斜します(「捻じれ水晶」の多くは(4)によるもの)。
文献に図示された典型的黄鉄鉱結晶とは一致しない、ヘンな黄鉄鉱結晶事例として次の3標本を紹介する。
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秩父鉱山大黒坑産:
捩れ黄鉄鉱 これを呉れた係員に質問され「硫砒鉄鉱では」と答えたら、勉強不足と笑われた。一時だけ産出したようで、鉱山担当者も何故こんな結晶ができたのか説明できない様だった。
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宮田又鉱山裸馬ヒ産:
三角黄鉄鉱 ここは隣接する荒川鉱山と共に三角式黄銅鉱結晶で有名だったが、黄鉄鉱もこれと似た結晶を産するとは驚きで、何か関連性があるのだろうか・・・。
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花岡鉱山松峰坑産:
柱状黄鉄鉱 同様の柱状結晶が小坂内の岱からも得られており、例えば特有条件として微細な針状結晶(フランボイダル組織)を出発点として成長・・・残念だが専門家の賛同は得られなかった。
4.結晶面の模様
結晶面にみられる条線等の筋や模様は結晶の成長過程を示すと考えられるが、3.で紹介したサイコロ状結晶にみられる単純な直線模様から、ここで紹介する複雑怪奇な模様まで多様な事例が知られている。
個別の事例について、何故このような模様が出来たのかその原因は良く分からないが、各鉱床の鉱化条件の特性を理解する上で興味深い現象と云えるであろう。
- 釈迦内鉱山産:黒鉱鉱床
- 尾小屋鉱山産:浅熱水性鉱床
- 豊栄鉱山産:スカルン鉱床
5.おわりに
ありふれた鉱物である黄鉄鉱は、今回紹介した様々な結晶形や結晶面の成長模様等面白い現象が観察されて、理屈は分からなくても色々楽しめる標本で、もう一度見直したい鉱物と思われる。
【寄稿】坂本憲仁(BS45)