「楽石庵閑話」~【第23話】自然銅
我国は江戸時代には世界一の産銅国だったと伝えられ、足尾・別子・尾去沢等の著名銅山が続々と開発され、大坂の住友銅吹所で棹銅に精錬されて輸出され繁栄を極めた。
当時は地表部や上部の銅の二次富化帯を採掘していたと考えられ、自然銅や赤銅鉱と云った酸化帯特有の銅鉱物や、斑銅鉱・輝銅鉱のような銅品位の高い富鉱部のみを稼行対象としていたとされる。しかし明治以降になるとこの様な富鉱部は枯渇してしまい、下部の黄銅鉱や黄鉄鉱が主体の硫化鉱鉱床を採掘対象とするようになった(このため各地で、精錬所からの亜硫酸ガスによる公害問題が多発)。特に別子では大正時代以降、「二代掘り」と称して昔破棄された硫化塊状鉱等を鉱石として回収していたほどである。今回は各地の銅鉱山に残された鉱床上部の二次富化帯の鉱石を紹介し、往時を偲びたい。
【尾去沢鉱山 昭和ヒ*(秋田県)】
自然銅は上部酸化鉱富鉱帯の緑泥石化受けた石英脈に伴い、樹枝状に発達して赤銅鉱を伴う。
*)漢字辞典ウェブより引用
【足尾鉱山 出合650尺河鹿産(栃木県)】
河鹿鉱床上部産の輝銅鉱・斑銅鉱からなる二次冨鉱体の鉱石で、赤銅色部分は自然銅が一面についている。
【銅ヶ丸鉱山(山口県)】
流紋岩質火砕岩とそれを貫く花崗岩中の鉱脈鉱床で、赤銅鉱中に微粒の自然銅・自然銀を含む。
【三尾鉱山(奈良県)】
本鉱床は三波川変成帯吉野川層群中に胚胎し、緑色片岩中の自然銅は成長する空間がないため、筋状或いは箔状に含まれている。
【御斎所鉱山(岩手県)】
マンガン鉱石のバラ輝石中に自然銅の微粒が含まれ、銅の硫化鉱物が二次富鉱化作用により還元されて出来たものとされる。
【尾平鉱山 大蔵鋪(大分県)】
三菱尾平を代表する接触鉱床で、本標本は蛍石の劈開面に沿って自然銅が樹枝状に発達する、珍しい産状である。
【寄稿】坂本憲仁(BS45)